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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)2475号 判決

原告 合名会社金子染工場

被告 日本電信電話公社

訴訟代理人 家弓吉巳 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し、金一、七六五、三二九円と、これに対する昭和三二年四月二一日以降支払済に至るまで、年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。

「一、原告は、明治四二年四月一〇日設立にかかる合名会社で、明治四四年一二月七日総社員の同意により解散し、同日その旨の登記を経由したものであり、被告は、日本電信電話公社法の施行に際し、当時国が電話業務に関して有していた権利義務を承継したものである。

二、ところで原告は、かねて東京中央電話局申込順位明治四三年度第三、〇六九番のいわゆる未設電話加入権(単独)を有していたが、昭和一一年七月一八日その住所色東京市本所区大平町四丁目四番地の一から東京都中央区銀座二丁目二番地の四越後屋ビル内に変更し、以後同ビル内で清算事務を執行することになつたので、これに伴い、昭和一一年一二月一八日本件電話の架設場所を新住所に変更する旨東京中央電話局長に届け出た。

三、しかるに同局長は、昭和一二年二月一九日原告が新住所に所在しないとして、当時執行中の電話規則第九条第二項本文の規定により本件電話加入権の順位を繰り下げた。

四、しかし、当時原告の清算業務が新住所で行われていたことは明白な事実であり、これを否定した右局長の認定は、故意もしくは調査の粗漏に基くものである。加えて、右規定の但書には、所轄逓信局長が、特別の事情があると認めれば、架設場所の変更にかかわらず、電話加入権の順位を繰り下げないこともできる、と規定されているところ、原告は、同局長のすすめにより電話の架設場所の変更に関する所定の手続を履践しているのであるから、特別の事情があつたものというべきである。

五、したがつて、前記繰下処分は、いずれにせよ不法であり、原告は、このため、次のような損害を被つた。

(一) 本件電話加入権は、当時原告が有していた主要な資産であり、繰下処分がなかつたならば、昭和一一年一二月ごろには開通するはずであつたから、原告は、開通のうえは、これを当時の時価相当額金八〇〇円で処分し、清算を結了する予定であつた。しかるに、繰下処分の結果、清算を結了することができず、ために原告は、右八〇〇円相当の損害を被つたほか、昭和一二年一月から昭和三〇年二月まで越後屋ビル内の一室を賃借し、その間金一、五七六、五〇〇円の賃料、金三三、八七九円の諸雑費、更には金二一九、〇〇〇円にのぼる清算人に対する報酬の支払を余儀なくされ、これと同額の損害を被つた。

(二) また、原告は、昭和一三年七月一四日国を被告として、繰下処分の取消を求める訴を東京区裁判所に提起したが(同裁判所昭和一三年(ハ)第四、八二七号事件)、当時他に同種の事件があり(原告会田準一、被告国間の同裁判所昭和一二年(ハ)第一、四四三号事件)、その事件で、国の敗訴判決が確定したところから、原告、国間の右事件について、国の指定代理人となつていた堀憲三郎は、昭和一六年五月二七日国を代表し、原告の請求は相当であるから、速かに繰下処分を取り消すか、しからずとしてもその他の便法を用い、繰下がなかつたものとして扱う旨を原告に約したので、原告は、同訴訟を取り下げた。しかし、原告はこの事件の費用として金二〇〇円を支出し、これと同額の損害を被つた。

(三) 原告は、その後、電話架設設備負担金として金二五、〇〇〇円、電話公債引受のため、金一〇、〇〇〇円の支払を余儀なくされ、これと同額の損害を被つた。

六、そこで原告は、被告に対し、不法行為を理由に、右損害金のうち金一、七六五、三二九円と、これに対する本件訴状送達の翌日である昭和三二年四月二一日以降支払済に至るまで、民法所定の年五分の割合による損害金の支払を求めるものであるが、仮に、この請求が、理由がないとしても、前項(二)で述べたように、国は、前記繰下処分を取り消すか、または、繰下がなかつたのと同じように扱うことを約しながら、これを履行しないため、原告に、前記のような損害を与えたのであるから、原告は、被告に対し右と同額の金員の支払を求める。」

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、との判決を求め、

次のとおり述べた。

「一、原告の主張する請求原因第一項の事実は認める。

同第二項の事実のうち、原告が、その主張のような本件電話加入権を有していたこと及び原告が昭和一一年一二月一八日その主張のような電話機架設場所の変更を東京中央電話局長に届け出でたことは認めるが、現実に住所の変更があつたことは知らない。

同第三項の事実のうち、右局長が、当時施行中の電話規則第九条第二項本文の規定により、本件電話加入権の順位を繰り下げたことは認める。

同第四項の事実は争う。

同第五項の事実のうち、原告が、昭和一三年七月一四日国を被告として、その主張のような訴を東京区裁判所に提起したが、原告主張のころその訴を取り下げたことは認めるが、その余の事実は争う。

二、右電話規則第九条第二項本文によれば、電話機設置場所が変更されれば、そのときに加入申込の登記をしたものとみなされるのであるから本件電話加入権の繰下処分には、違法のかどはない。また、同条但書にいう特別事情とは、従来の設置場所が焼却したとか、電話加入権の相続人が、被相続人の届け出でていた架設場所から、相続人の住所に変更するような場合をいうのであつて、清算事務所変更のような場合は、これに当らないから、右局長が、但書を適用しなかつたことは何等違法ではない。

仮に、本件繰下処分が違法であつたとしてもこれと原告主張の損害との間には因果関係がない。」

証拠〈省略〉

理由

一、原告が、その主張のような本件未設電話加入権を有していたこと及び原告が昭和一一年一二月一八日その電話機設置場所の変更を東京中央電話局長に届け出たところ、同局長が、当時施行中の電話規則第九条第二項本文の規定により、本件電話加入権の順位を繰り下げたことは、いずれも当事者間に争がない。

そこで、右繰下げが違法かどうかの点について判断する。

右電話規則(明治三九年六月四日逓信省令第二五号)第九条は、第一項において、「電話開通ノ順序ハ加入申込登記ノ順番ニ依ル」と規定し、第二項において、「加入申込者名義又ハ電話機設置場所ニ変更アリタル加入申込ニ付前項ノ規定ヲ適用スル場合ニ於テハ其ノ変更アリクルトキニ於テ加入申込登記ヲ為シタルモノト看做ス但シ第四十六条ニ依リ加入者名義ヲ変更シタル場合又ハ電話機設置場所ノ変更ニ付所轄逓信局長ニ於テ特別ノ事情アリト認ムル場合ハ此ノ限ニ在ラス」と規定しているのであるから、電話機設置場所の変更があれば、特別の事情がない限り、従前の開通順位は当然に繰り下げられるのである。したがつて、原告が新住所に現在するかどうかについての所轄逓信局長の判断が、よし、原告の主張するように誤りであつたとしても、このことは、本件繰下を違法ならしめるものではない。また、原告は、「所轄逓信局長のすすめるところにしたがい電話機設置場所の変更に関する所定の手続をしたから特別の事情がある。」と主張するが、所轄逓信局長が、原告に対して電話機設置場所変更の届出を慫慂したことについては、これを認めるに足る何等の証拠もなく、もとより原告が、前記のように電話機設置場所変更の届出をしたからといつて、それだけで、右の特別事情に当るものとは到底いいがたいから、原告の右主張は、採用の限りでない。

そうすると、前記開通順位の繰下が違法であることを前提とする原告の主たる請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由なきに帰するものというほかはない。

二、次に、原告の予備的請求について判断する。

原告が、昭和一三年七月一四日国を相手取り、前記繰下処分取消の訴を東京区裁判所に提起したが、昭和一六年五月二七日この訴を取り下げたことは、当事者間に争がない。

原告は、「右取下に先き立ち、右事件の国の指定代理人堀憲三郎が、国を代表し、繰下処分を取り消すか、または繰下がなかつたものとして扱うことを原告に約した。」と主張し、堀憲三郎が国の指定代理人として前記事件に関与したことは、証人堀憲三郎の証言により明らかであるが、同人が、右主張のような約定を原告と締結したとの証人堀口四郎の証言及び原告代表者本人の供述部分は、証人堀憲三郎の証言に徴したやすく信用しがたく、他に、かかる約定を結んだことを認めるに足る証拠はないばかりでなく、堀憲三郎が、訴訟外で原告主張のような約定を結ぶ権限のあつたことについては、本件全証拠によるも、これを認めることができないから、原告の前記主張は、採用しがたい。

そうすると、原告の予備的請求もまたその余の点について判断するまでもなく理由なきに帰するものというほかはない。

三、よつて原告の本訴請求は、いずれも失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 篠原弘志)

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